第 66回 山崎道  水無瀬 - 京都市伏見区・鳥羽離宮跡   2008年3月17日

 平安京造営時に羅城門から南へ続く朱雀大路の延長として鳥羽作道(つくりみち)が作られた。
鳥羽の地は現在でも鴨川、桂川が合流するところであり、往時の地形では平安京の外港としての機能をはたしていた。
 鳥羽作道は京都南インターチェンジの南南西200mほどで鳥羽離宮に到着する。 山崎道はそこから大山崎町傍示木で西国街道へ合流する。
ここでは大山崎から鳥羽へ向けて歩を進める。
 11:35 阪急京都線・大山崎駅を出発。
 11:46 大山崎町傍示木で府道67号線(西国街道)から府道212へ分岐する。 上の写真で右手に曲がるのが山崎道。
 作られた当時はこの時代の都市計画と同様、直線的な道で北西へ真っ直ぐに伸びていた。
 直進し、道なりに名神高速を東へ沿って進み迂回する。
 名神高速道路の下に下植野南遺跡がある。
弥生時代から中世にかけての遺構。
 山崎道には下植野から東へ分岐し京街道へ合流するルートもある。それは、国道171号線を小畑橋で渡り、浄化センターの南側を回って、伏見区へ入り、府道204号線で東行、宮前橋を渡り納所(京都競馬場の東側)で京街道に合流する。
 ここでは長岡京市久貝で小畑川を渡り鳥羽離宮を目指す。
 地図で分岐点からできるだけ直線に北東に延びる線に近いのが元の山崎道だが、住宅地の先に地図に無い歩行者用の道があったりする。
写真:左)の階段を上ると小畑川に出る。

 12:10 長岡京市久貝の落合橋で小畑川を渡る。
写真:左)
勝竜寺、城の里を抜け、神足(こうたり)で国道171号線を横断、阪神高速の下を抜ける。

写真:右) JA京都市久我支店。
伏見区羽束師、久我を通る。
この間は地図と比較して道が変わっているところもあり、清掃局のトラックなど大型車両の交通量も多い。 また、細い道を入っていったらヤバそうな廃車屋でドヤされてしまった。 一見のどかだが、清掃局、リサイクルセンターなどが集まっており危険地帯なのかもしれない。国道171号線から久我橋までは無理せず普通の道を選んだ方が良い。
JAから500m先に曹洞宗の開祖、道元の誕生寺がある。
その先で東へ曲がると久我橋西詰めに出る。
 13:35 桂川に架かる久我橋を渡る。
橋の真ん中で京都市南区となり、中州を挟み西高瀬川を京川橋で渡り、すぐにまた鴨川を渡る。
鴨川を渡る途中で再び伏見区となる。
写真:左) 鴨川

鴨川を渡って200mほど、千本通り赤池交差点を北上すると100mほどで鳥羽離宮公園に出る。
写真:右) 鳥羽離宮公園
14:09 山崎から2時間半の歩行で到着。
国道1号線を挟んだ城南宮へ行く。
資料館に往時の地形の復元模型やパネルの説明版が掲示してある。
 鳥羽離宮は鳥羽殿、城南離宮とも呼ばれ、11世紀に藤原季綱が白河上皇へ寄進した。12世紀の鳥羽上皇までに度々大規模な拡張が行われ、平安末期の院政時代には舟運の外港だけでなく政治の中心となった。
しかし南北朝の戦乱で戦災に遭ったあと、再建されることもなく荒廃していった。
 城南宮
鳥羽離宮跡も含めて此の辺りは、幕府軍と官軍がぶつかった伏見の戦いの戦跡でもある。
 城南宮を出て地下鉄竹田駅より帰る。
歩行データ)
18,327歩/13,486歩(しっかり歩行)
600Kcal/39.8g  13.7km

今回は新デジカメ・パナソニックFX55 の初使用でした。 パノラマソフトが附属しているので、今回より、街道の分岐点、風景の遠望などパノラマ画像も使っていきます。

更新日: 2008年5 月19 日

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