第 53回 京街道  天満 - 枚方   2006年11月02日


 最高予想気温23度。快晴の歩き日和。
『京街道 大阪・高麗橋〜京都伏見宿』
上方史蹟散策の会編 向陽書房 を元に
歩いた。
これは2万5千分の一地図も全行程に
渡って収録していあるお薦めの資料。

毎回のことだが、ルートは事前に3万分の
一、昭文社 近畿圏文庫版に書き込んで
おいた。

地下鉄北浜駅から東へ向かい、
 10:22 高麗橋里程元標跡を出発。
今回は初めて息子(中学生)との街道
歩きである。果たして街道歩きの魅力を
伝えることはできるのだろうか。


 高麗橋から北へ、北浜の通りを東へ
行くと、道路の南側、昆布屋の店先
に八軒家舩着場跡の碑がある。
京からの熊野詣もここで舟を降りて
小栗街道を下った。
江戸時代は伏見の三十石舟が
発着した場所。







左:
寝屋川橋を
渡る。

右手には大阪城
が見える。








左:
京阪線の北側
の高架下の店
を見ながら進む。


右:
京坂京橋駅
(10:52)






中、右:
新京橋
商店街


野江刑場
跡が街道
筋にある。





写真上段:
国道1号線とJR線の交差する場所。
ガードに「京街道」と描いてある。
ガードをくぐりすぐ北側の商店街を進む。

左:
都島区都島中通三丁目の商店街







市道大阪環状線の野江三丁目西の交差点に出る。
間違って直進してしまったが、京街道は道を渡って右折
する。











左:
50mほど東で野江4丁目の交差点にでる。
京街道はこの五差路を北東へ伸びる。

下左:
都島区内代(うちんだい)町2丁目の国道筋商店街
道路にかかっているのは城東貨物線のガード。

下右:
高殿4丁目で府道161号線から250mほど分岐して
再び合流する。
写真はその分岐点の様子。



このあたりから
城東区


左:
旧道の分岐
七曲がり街道跡






府道161号線
から分岐し、
北側にふくらんだ
旧道の初めと
終わりの部分
の様子。
新しい道標が
建っている。

旧道は渡ってU
字型に曲がり
関目5丁目の
交差点に出る。

左:
関目(せきめ)
5丁目交差点
(11:47)

交差点の北東
へ向かう道を
たどる。

旭区




阪神高速の
高架下には
川があり、
古市橋の説明
板がある。



旭区森小路
(もりしょうじ)




色つきの
アスファルトに
道標に、京街道
の銘板ととても
親切。
自治体によって
街道の標識は
変わったり、
気まぐれに設置
してあったり
するが、通しで
設けてもらい
たいものだ。

京かい道商店街
旭区森小路

そのまま
アーケードのある
千林商店街に
繋がっていく。







 千林商店街
あのダイエーの発祥の地である。
ダイエー帝国とまで世界的な発展
を遂げたダイエーだが、中内会長
の晩年に無理な拡大がたたって
経営が傾いた。
「主婦の店ダイエー」の看板を
掲げた店の資料映像を見たことが
あるが、「初心忘るべからず」
という言葉が思い起こされる。




左:
今市(いまいち)
1丁目


右:
国道1号線に
合流する。
旧道は一旦
国道を渡り、
20mほどで
再び国道に
戻る。

国道1号線を
進む。
太子橋で昼食
休憩にする。
弟子は疲れた
様子だったが、
食べて元気に
なったので続行
した。





左:
豊里大橋の
南を過ぎ、
守口市
京坂本通り二丁目
の陸橋手前を
右折する。

右:
土井小学校を
回り込むように
して左折。


サンヨーの社屋
が並ぶエリア。
すぐに右折して
守口市駅のすぐ
西側に近づいた
後、八島交差点
へ向けて北進
する。
左:
文禄堤は突き
当たりを左折。



この辺りは
一段高くなって
いる。











この辺りは複雑なので、
写真上段左の説明板
の地図を載せる。












「現在位置」表示の先、
「V」字型の街道と国道1号
線が接するところが八島
交差点で、札場跡でも
ある。












左:
八島交差点
の手前の様子
右:
国道1号線、
八島交差点
国道を渡らずに
鋭角に南東の
道を20mほど
行き、左折して
交差点から250
m先で国道を
横断、直進する。

左:
日通淀川支店
前で市道155線
を横断し、
北斗町1丁目
へ向けて分岐
する。
「く」字型に曲がり
200mほどで
再び155号線
に戻り、また50m
ほどで西へ分岐
する。

写真上右: 阪神高速の高架下を
くぐる。 (13:42)
八雲北町3丁目


右:真ん中の黄色い太線が阪神高速
縦の黄色い線が市道155号線。
西国街道は赤い線






左:
八雲北町3丁目 
水道局の施設に沿って行く。
舗装ブロックには「京街道」の表示
がある。









大庭町2丁目
で堤防に
上がる。
(13:52)
視界が広い。
左:
鳥飼大橋

右:
鳥飼仁和寺大橋
このあたりで
寝屋川市となる。


佐太渡し場跡
はこのあたりだが
説明板等はない。
右手に、
佐太天満宮が
見える。
(14:17)







右:
淀川新橋

左:
段築
水害対策に
土蔵の基礎を
高く作る。






左:
茨田(まんだ)
(15:03)

太間町を過ぎ
ると、枚方市に
入る。

右:
枚方市出口6丁目
で堤防から分岐。



出口6、5,3,2
丁目の順に東へ
緩やかな曲がり
つつ進む。










右:
天満宮
本殿はなく、
中心に穴の空
いた遥拝所
の石がある。









出口の街並み

右:
蓮如上人
御口地の石碑
京で延暦寺
との武力闘争に
負けたあと、
しばらくここ、枚方
で再起を計った。



真宗大谷派
光善寺

右:
伊加賀小学校、
枚方西高の東
側にそって進む。








枚方大橋南詰
(15:54)

国道170号線を
渡り、茶色のビル
の手前の小道
を進む。






左:
桜町と伊加賀
本町の境を
進む。

右:
堤町に入る。
坂を登ると府道
13号線バス道
で、街道は写真
の右の道。



左:
東へ100m
ほどで鍵屋
資料館がある

右:
枚方渡口








左:
舟運で賑わった
枚方宿

右:
淀川を往来する
三十石船に
寄せて商いをする
くらわんか舟




鍵屋資料館
(16:07)

右:
2階から淀川を
望む。かつては
このすぐ下まで
川の流れが
あった。





     枚方市立 鍵屋資料館
 明治になり鉄道や蒸気船の登場で舟運が衰退したが、
蒸気船の荷物取扱所として営業。京阪電車の開業で
蒸気船もだめになると枚方遊船合資会社を作り、鵜匠を
長良川から招くなどして活況を呈し、昭和初期に63畳の
大広間のある別棟を増設し枚方随一の社交場として
賑わった。
戦中は、造兵廠枚方製造所 女子挺身隊の宿舎として
利用され、戦後は料亭「鍵屋」として平成9年まで営業
していた。
 今でも、昼間なら4人以上、夜なら10人以上の規模なら
鍵屋で仕出し料理を味わうことができる。(要予約)
大広間で料亭の雰囲気を味わってみたいものだ。















帰路は、鍵屋資料館から京坂枚方公園駅も近いし、
土手道に出て左折したところにある京阪バス 枚方公園口
バス停も近い。高槻までは頻繁に運行しているのでバスも
便利だ。 16:50

歩行データ:
32,154歩 / 26,124歩(しっかり歩行)
964Kcal/61.2g(消費脂肪)
22.5km
守口宿、枚方宿とかつての宿場町を通ったが、枚方宿の
街道風情がよく残されいるのはよかった。
堤防沿いの道は視界も開けており、風景も楽しめる。
京阪線に沿って北上するので体力に応じて歩けるのもいい
お薦めのコースだった。

 鍵屋資料館の窓口で販売しているイラストマップ(¥300)
コンパクトでありながら旧道をたどるにも分かりやすいすぐれた
地図である。
京街道を歩くならぜひ入手しておきたいアイテムだ。

 弟子は、思った以上に快速で、ペースを合わせるために減速
することもなく一緒に歩くことができた。
特に喜んでいる様子はなく、疲れたことと思うが、第一回目の
街道ウォークとしては20km以上も歩いた点はすばらしい。
ぜひ本格的に弟子入りしてもらいたいものである。



 続く


更新日:2006/11/5

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