第15回 横大路  當麻町 - 桜井・大和朝倉  2003年5月29日

 日本書紀に記述された古代からの大道


 横大路は難波から飛鳥京、藤原京などを結ぶ古代の官道をもとにし、近世
では大坂からや西日本各地から難波津で船を降りた人の伊勢参りへの道と
して賑わった。
 もちろん大坂と大和国との商業流通の生活の道でもあり、大坂側の竹内街道
につながり、奈良盆地南部を東西に一直線に結び初瀬街道に通じる。

 歩くコースとしては横大路をほぼ網羅するかたちで、近鉄磐城駅を起点に、
国道166号線をほぼ東へ直進する。 国道といっても対面2車線のところもあれば、
左の写真のような旧街道そのままの道幅のところもある。
 當麻町から大和高田市、橿原市を東行し、耳成山の南麓を過ぎ桜井市へ入り、
琴平神社の南側から栗原川を渡り、茶臼山古墳の北側を通って、近鉄大阪線・
大和朝倉駅のあたりで初瀬街道につづく。

 万歩計のカウンタでは19,948歩、約4時間の行程であり、旧街道の風景も
よく残っている分かりやすい街道である。

 ( 嘉永年間の『大和國細見図』  横大路には黄色の線を施した)














 大和高田市の市立病院前の大中(おおなか)公園。
池にせり出した能舞台がただものではない。













 長谷本寺。
このときは改修工事中だった。
写真左)入り口の道標

写真右)東側の塀脇の道標
『すく大坂さかい』

「すく」は『直ぐ』の意味。












 土台部分が新しく補修されてるが、天明元年の常夜燈
高田市南本町


 旧高田川 雛倉橋(図左下)
図の東西を結ぶ道が横大路。















 『高田町道路元標』

 〜 解説板より 〜

道路元標は大正11年8月18日(1922年)内務省令として
交付され、県境碑とともに道路の基準となるもので、当、元標は下街道
(大和郡山市より五条市に至る。)と、初瀬街道(横大路)の交差する
地点に設置された。
 竹之内峠の頂上に県境碑(大正9年3月建奈良県)があり、西面には
三行にわたって、『距奈良市橋本町元標八里六町三十六間』『距奈良県
北葛城郡役所一里三十四町四十九間』『距奈良県北葛城郡高田町元標一里
二十六町一間』とある。



 国道24号線が近鉄高田市駅の南150m地点で旧道と分岐するが、
旧道(下街道)はまっすぐ高田市駅の東側を通って、JR和歌山線の手前
でカーブして北塩町9番地と4番地の間を通って永和町へ抜ける。これと横大路との交差
する点にこの元標が設置してある。


 大神宮の高灯篭
 〜 解説板より 〜

 この街道は、大和平野の中央を東西に貫いて大坂、河内、伊勢をつなぐ
古道で、初瀬街道とも伊勢街道とも呼ばれる。
 この高灯篭は、旅の道しるべとして、また交通安全のために建てられた。
東から高田へ入る旅人が夕暮時、この明かりを見て安堵したことであろう。
 伊勢神宮の「おかげ参り」ときは、数万人の群集が、狂気乱舞して、
この道を通ったのである。





 旭北町東端でJR桜井線の高架をくぐり、
葛城橋を渡り曲川(まわりかわ)町へ入る。


 曲川町の常夜燈 2基

 「大神宮」が伊勢参詣の道であることを
伝えている。

曽我町で国道24号線を渡り、小綱(しょうこ)町
を通る。 古い民家がよく保存され、観光スポット
にもなっている今井町はここから南へ200m
行ったところにある。

 横大路は直線の道を保ったまま近鉄橿原線を
横断し八木へ入る。





 橿原市醍醐町北端の街道沿いの道から望む耳成(みみなし)山。
標高は139m。
この南、900mに藤原宮跡があり、西に畝傍(うねび)山、東に天香具山
と、大和三山が三角形を結んでいる。












 近鉄大坂線耳成駅南南西方向、石原田町257番地にある、『太子駒つなぎの石』

聖徳太子が通勤のときに駒をつないだと伝承される石。













駒つなぎ石から100mほど東にある天香具山の西側の裾まで直進する
道との辻に設けられた道標

 天保14年

 『すぐかぐ山@@ん』















 三輪神社
同名の神社は多数有り、三輪(みわ)山をご神体とする大神(おおみわ)神社
の東にも同名の神社がある。分社か。

 ここから桜井市西之宮に入る。












 同町内の常夜燈
綺麗に保存されている。


 この後JR香具山駅を過ぎる










 大福に残る古い家並み。
















桜井市谷、寺川近く。
写真左) 八幡宮
写真右) 磐余橋。向こうに
地蔵堂がある。











JR,近鉄 桜井駅の南側への道と交差するあたりは商店街になっている。
アーケード街も昭和の雰囲気が色濃く残っている。














桜井市外山(とび)
アーケードの終わりからつづく旧街道の風情が、昭和の風情とあいまって
夕暮れどきの斜めの日もやさしい。
円筒型の郵便ポストがある。
道の向こうに見える小山は茶臼山古墳。











国道165号線の南側が初瀬街道。
街道から右へ折れて近鉄・大和朝倉駅までで横大路のウォーキングは終了した。
今回は出だしが遅く、14:35に出発点近鉄南大阪線・磐城駅をスタートし、
19,948歩で18:25に大和朝倉駅へ到着した。

大和朝廷が作った道は中国の影響で愚直なまでに直線の道だったといわれる。
横大路は、近世になってからも伊勢への道として竹内街道と初瀬街道を結び
街道筋が栄えていたため、ルートは往時のままのほぼまっすぐである。
とても分かりやすいルートだった。
早めの出発ならば、今井町のあたりで寄り道するのもいいだろう。

 今回の横大路で、堺東を起点にして、竹内街道 → 横大路 → 初瀬街道
→伊勢本街道 とお伊勢参りの道を全ルート、ウォーキングによって踏破したことに
なる。 3回に分かれているが、堺から伊勢神宮までは5日間の道程である。


* お伊勢詣りルート (初瀬街道へつづく)


* 道標の見方で『すぐ』とあるのは、時間・距離が短いことを指すのではなく「真っ直ぐ」の『直ぐ』
   の意であるという、読者からのご指摘がありました。まったくその通りです。訂正致しました。(2004/7/6)

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